訓読みの話の話

http://blog.jmuk.org/2014/09/blog-post_9.html

そういえば、川端康成が、日本語の文章はいずれ全部ひらがなで書くようになるんじゃないか、だからひらがなだけで書いても意味がわかるように書いている、みたいなことをインタビューで言っていたと思う。確かにやればやれそうな気がする。漢字は日本語の中でどのような機能を果たしているかというと、一つには語境界を表すためだそうだが(漢字+送り仮名で一つのまとまりと認識できる)、それはスペースを入れるなり、読点を沢山入れればすむ。

ところで、書字と読みとの間の関係が複雑な言語(日本語、英語、デンマーク語など)と単純な言語(イタリア語、フィンランド語など)とがあるけど、何が原因でそうなるのだろうか。まずありそうなのは、正書法ができるのが新しいか古いか、の違いだと思う。あまり昔に正書法が決められていると、その後の発音の変化についていけなくなる。英語の発音が難しいのは、正書法ができてから発音に大きな変化があったためだし、フィンランド語の発音が簡単なのは、わりと近代になってから、正書法が定められたかららしい。

ただ、では日本語はどうか、イタリア語はどうか、と考えると当てはまらないような気もする。日本語は近代になってからかなり頑張って整理したけど、まだ複雑だし、イタリア語は、よく分かっていないがダンテあたりから正書法は来ているんだよね?